現実世界がサイバー空間に与える影響――パレスチナ・ガザ地区をめるぐ展開

 Armoris 広報の酒井です。エストニアのサイバーセキュリティの権威で、Armorisの協力メンバーでもあるRain Ottis(レイン・オッティス)が、2023年12月、企業向けに講演。現実世界がサイバー空間に与える影響について、2023年11月11日時点の情報を語りました。今回は、パレスチナガザ地区を実効支配する武装組織「ハマス」によるイスラエルへの攻撃とイスラエル軍によるガザへの侵攻におけるサイバー空間の動きについて、Rainが語ったエッセンスを紹介します。(以下は、Rainによる講演内容の要約です)

レイン・オッティス(Rain Ottis)――タリン工科大学サイバーオペレーション学科教授で、以前は、NATO Cooperative Cyber Defence Centre of Excellenceとエストニア国防軍に勤務していました。

止まぬ混沌

 今回は、パレスチナガザ地区を実効支配する武装組織「ハマス」によるイスラエルへの攻撃とイスラエル軍によるガザへの侵攻におけるサイバー空間の動きについて解説します。この紛争をめぐっては、少なくとも20年間、定期的にサイバー攻撃が行われてきました。ハクティビズムに関連した活動も数多く見られます。

 はじめに、ガザ地区は非常に小さな土地です。サイバーの観点では、ターゲットになり得るインフラが比較的少ないと言えます。一方、イスラエルには多くの重要インフラ、ハイテク企業があります。その意味で、非常に大きな攻撃目標が存在します。イスラエルもそれを自覚して備えていて、イスラエルのサイバーセキュリティ能力は非常に優れていると一般に認められています。ですから、この紛争は、比較的同じレベルの技術、同じレベルのインフラを持つ者同士のロシア・ウクライナ戦争とは大きく異なります。

2023年10月7日、イスラエルへの奇襲攻撃がもたらしたもの

 2023年10月7日、ハマスガザ地区からイスラエルに奇襲攻撃を開始しました。イスラエルにとっては不意を突かれたもので、ハマスの攻撃は成功しました。これにはハマスの同盟者たちも驚いたようです。エストニアにいる私たちも、日本の人々もこの出来事には驚いていました。

 この攻撃で、ハマスは一時的にいくつかの入植地と軍事施設を占領し、多くの民間人が無差別的な暴力に巻き込まれました。これらの出来事の多くは、彼ら自身、もしくはTVカメラやジャーナリストを通じて発信され、国際世論は反ハマスに傾きました。なぜなら、彼らの行為には何の名誉も大義名分もなく、明らかにテロと見なされるものだったからです。予想通り、イスラエルは報復し、ガザに駐留するハマス部隊とそのインフラを排除するため、地上作戦を開始しました。

暗躍するハクティビスト

 米国と西側諸国がイスラエル支持を表明する一方で、イラン、ロシア、中国は政治的にハマスを支持しています。そして、おそらくサイバー空間でもハマスをある程度支援しているでしょう。では、サイバー空間での紛争において親ハマス側、親パレスチナ側には誰がいるでしょうか。そこにはハクティビズムが多く存在しています。

 ハクティビストにもいろいろな目的を持った集団がいるということは、前回の記事でも解説した通りです。この紛争でも、一部は特定の理念を強く支持して自発的にサイバー攻撃を実行する言葉通りのハクティビストですが、中には、ロシア・ウクライナのケースと同様、”ハクティビスト”と引用符で囲む必要がある組織もあります。つまり、自発的ではなく、政府関係機関の要請で、ハクティビスト的な活動をしている集団です。また、イランからの脅威と見られるいくつかのアクターも存在しています。

 具体的なサイバー攻撃の内容としては、DDoS攻撃をはじめとした典型的なサイバー攻撃がほとんどのようですが、イスラエル側にはより攻撃対象が多く存在することに注意すべきでしょう。

 また、ここでもメディアが標的にされています。攻撃者は世論をコントロールしたいと考えていますし、メディアが彼らの正体や行為を報じることを避けたいと思っています。従って、イスラエルでは、メディアやさまざまな政府機関に対する弾圧キャンペーンが行われています。

ハクティビスト”に期待されるのは、”脅威”を作り出すこと

 ポイントは、多種多様なハクティビストが存在するものの、現実世界の戦争に大きく影響するような成果は上げていないということです。それは、ウクライナ・ロシアも同様です。彼らはしばしば自分たちの成果を誇張し、成功を声高に主張することがありますが、実際には単なるサイバー攻撃の試みに過ぎないことも多いのです。例えば、どこかのウェブカメラにアクセスできた場合、それを利用してまるで州全体の監視カメラシステムが彼らの支配下にあるかのように見せかける、といったこともありました。

 世界中のさまざまな紛争で、こういった動きが発生しています。大手メディアがこの問題をかなりの範囲で取り上げている場合、たとえそのサイバー攻撃が現実世界の紛争に多大な影響を与えなかったとしても、脅威と思わせること、脅威を作り出すことが可能になるのです。